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十勝・帯広の不整脈診療センターの立ち上げの歴史
〜国立帯広病院 満岡不整脈専門外来の終了に際して〜

1998年2月、国立帯広病院(旧国立療養所帯広病院)に不整脈専門外来を開設し、17年間担当してきましたが、2015年12月末をもって私による不整脈専門外来は終了させていただきました。

この17年間、国立帯広病院にて多くの不整脈の患者さんをみせていただき、患者さんのお役に立てたことを感謝しております。十勝に不整脈治療センターの設立を目指して、尾畑弘美医師と協力しながら歩んできました。2013年に日本不整脈心電学会認定施設になることができ、我々の当初の目的は達成できたと思っています。この17年間を振り返って、その歩みを簡単に記しておきたいと思います。

1991年、約17年間勤めた大学を辞め、大樹町立病院院長として大樹に赴任しました。赴任直後に、帯広の大病院の院長に挨拶をして回りました。その時に当時の国立療養所帯広病院の院長でした故加賀谷潤先生にお会いしました。面会時に私の経歴を差し出すと、見られた後にぜひ国立帯広病院で不整脈専門外来をやってほしい、との依頼を受けました。ただ大樹に赴任したばかりで、町立病院の再建に専念しなければならない時でしたので、不整脈専門外来はそのうちにお手伝いさせていただきます、ということでその時は失礼しました。町立病院に在任中に臨床電気生理学的検査、人工ペースメーカー植え込みなどを始め、帯広からも多くの不整脈の患者さんに来ていただきました。

97年12月に町立病院の院長を辞任し、98年1月に、帯広市大空町の佐々木先生のクリニックを継承する形で開業しました。その際、加賀谷先生とのお約束を果たすべく、その時すでに加賀谷先生は故人になられていましたが、加賀谷先生の後に院長になられていた草島勝之先生にお会いし、加賀谷先生から不整脈専門外来開設の依頼を受けていたことをお話しました。草島先生からは是非やってほしい、ということで、98年2月に国立療養所帯広病院に不整脈専門外来を開設しました。

毎週木曜日の午後から自分のクリニックは休診にし、国立病院に出かけ、外来と数年前から勤務されていた循環器内科の尾畑医師と一緒に臨床電気生理学検査を始めました。最初は、心内心電図が3誘導しか記録できない古い型の心内心電計でしたが、そのうちに12誘導が記録できる最新の心内心電計が入りました。

99年6月5日に旭川医大川村祐一郎先生の応援を得て、WPW症候群の症例に対して初めてのカテーテル・アブレーションを行いました。

2002年9月12日には植込み型除細動器を拡張型心筋症の症例に初めて植込みました。

2004年4月28日には拡張型心筋症による心不全患者に、両室ペースメーカー植込みを初めて行いました。

2007年12月には心臓ペースメーカー植込み1500症例を国立病院は達成致しました。最初の植込みが1971年3月19日だったそうです。

加賀谷先生は日本で初めての心臓移植を行なった和田寿郎教授の教室の出身でしたが、その教室には日本の不整脈外科で有名な岩喬先生(元金沢大教授)が当時助教授としておられ、不整脈に対する診断や治療にも関心を持たれていたようです。このことが十勝における不整脈診療の前進に繋がったと感じています。

2011年には、日本不整脈心電学会は不整脈専門医制度を導入し、国立帯広病院は日本不整脈心電学会認定施設として認定を受けました。道東には2医療機関しか認定施設はありません。また、私と尾畑医師は十勝で初めての不整脈専門医に認定されました。

こうして十勝の地に不整脈治療センターが構築されました。

専門外来を始めるまでは、難しい症例は札幌の病院に紹介しなければならない時代でしたが、17年間に少なくとも日本の標準的な不整脈診療が提供できるまでに前進できたことを、いろんな形でサポートしていただいた方々に感謝いたします。

以上をもって国立帯広病院における満岡不整脈専門外来を終了した次第です。今後とも同病院の不整脈診療が前進していくことを祈念しています。

(記:2016年1月)

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