論文紹介LUCUBRATIONS
更年期女性における動悸の病態と治療反応の検討
―ホルター心電図により診断された不適当洞性頻拍の臨床的意義―
Pathophysiological Analysis and Therapeutic Response of Palpitations in Perimenopausal Women: Clinical Significance of Inappropriate Sinus Tachycardia Diagnosed by Holter ECG
更年期と加齢のヘルスケア Vol.24, No. 2, pp.24-30, 2026(令和8年1月)
満岡 孝雄、藤井 恵(満岡内科循環器クリニック)
Takao Mitsuoka MD. PhD. Megumi Fujii
Mituoka Internal Mediscine & Cardiocascular Clinic, Hokkaido, Japan
【目的】更年期女性における動悸の病態および治療反応を明らかにするため、24時間ホルター心電図を用いて心拍数動態および不整脈の有無を解析し、不適当洞性頻拍(inappropriate sinus tachycardia:IST)の臨床的意義について検討した。
【方法】動悸を主訴に受診した更年期女性13例を対象に、24時間ホルター心電図を施行し、1日総心拍数、最大・最小心拍数、不整脈の有無を評価した。1日総心拍数が11万拍以上で、症状と関連する不整脈を認めない症例をISTと定義した。ISTと診断した症例の一部に対してβ遮断薬アテノロールを投与し、治療前後の心拍数指標および自覚症状の変化を評価した。
【結果】13例中10例がISTと診断された。これらの症例では最大心拍数および睡眠中を含む最小心拍数が高値であり、交感神経緊張状態の持続が示唆された。アテノロール投与後、1日総心拍数、最大・最小心拍数はいずれも低下し、全例で動悸症状の消失または著明な軽減を認めた。
【結論】更年期女性における動悸の多くはISTに起因しており、ホルター心電図による心拍数動態解析はその診断に有用である。ISTに対するβ遮断薬治療は良好な治療反応を示し、動悸症状の改善に寄与すると考えられた。
更年期女性,動悸,不適当洞性頻拍(IST),ホルター心電図,β遮断薬,アテノロール
Abstract
【Objective】To investigate the pathophysiology and therapeutic response of palpitations in perimenopausal women, we analyzed heart rate dynamics using 24-hour Holter electrocardiography (ECG) and evaluated the clinical significance of inappropriate sinus tachycardia (IST).
【Methods】Thirteen perimenopausal women presenting with palpitations underwent 24-hour Holter ECG monitoring. Total heart beats per day, maximum and minimum heart rates, and the presence of arrhythmias were assessed. IST was defined as a total daily heart rate exceeding 110,000 beats in the absence of symptomatic arrhythmias. A subset of patients diagnosed with IST received β-blocker therapy (atenolol), and changes in heart rate parameters and symptoms were evaluated.
【Results】Ten patients met the diagnostic criteria for IST. These patients exhibited elevated maximum and minimum heart rates, including during sleep, suggesting persistent sympathetic activation. After atenolol treatment, total, maximum, and minimum heart rates decreased, and palpitations resolved or markedly improved in all treated patients.
【Conclusion】Most palpitations in perimenopausal women were attributable to inappropriate sinus tachycardia. Holter ECG-based analysis of heart rate dynamics is useful for diagnosis, and β-blocker therapy demonstrated a favorable therapeutic response in alleviating symptoms.
Perimenopausal women, Palpitations, Inappropriate sinus tachycardia, Holter electrocardiography, Therapeutic response, Beta-blocker, atenolol
はじめに
更年期とは、女性の生殖機能が終息に向かう移行期であり、日本人女性の場合、閉経年齢の中央値は50歳前後とされる。エストロゲンをはじめとした卵巣由来ホルモンが急激に減少することで、自律神経機能、血管反応、睡眠、感情、代謝など心身全体に広範な影響が生じる1)。臨床的には約70〜80%の女性に何らかの更年期症状が発現し、その重症度は軽症から重症まで大きく異なる。
代表的な症状としてホットフラッシュ(のぼせ・ほてり)、発汗、不眠、気分変動、不安、抑うつ、倦怠感などが挙げられるが、中でも「動悸」は頻度の高い訴えのひとつであり、国内外の疫学研究では30〜50%の女性が経験すると報告されている1)。そのうち約20%は日常生活に支障をきたすレベルであるとされる。しかしその評価や解釈は一様ではなく、「不整脈由来」と断定されるものはむしろ少数である。
従来、更年期の動悸は自律神経失調の一環と解釈され、漢方薬、抗不安薬、ホルモン補充療法(hormone replacement therapy; HRT)などを包括的に用いる治療が一般的であったが、それらのエビデンスは必ずしも十分とはいえず、自覚症状に基づく対症療法にとどまることが多かった。動悸の病態を定量的に評価する標準的手段が乏しかったことも、その一因と考えられる。
不適当洞性頻拍(inappropriate sinus tachycardia; IST)は、1990年代以降に体系化された疾患概念であり、器質的心疾患を伴わないにもかかわらず安静時あるいは軽労作で洞性頻脈が持続し、動悸や易疲労感を呈する病態として定義される2) 3) 4)。女性に多く、自律神経異常やエストロゲン低下に伴う交感神経優位が、その発現に関与すると報告されている5)。更年期では心理的・代謝的ストレスに交感神経緊張・亢進が加わることで、動悸という症状が増悪する可能性が高い5)。
更年期女性が動悸を主訴に循環器内科を受診した場合、ホルター心電図検査が施行され、「明らかな不整脈は認めない」と説明される例は少なくない。しかし、その多くでは心拍数動態自体の評価が十分に行われておらず、不適当洞性頻拍(IST)という概念に基づく診断がなされていない可能性がある。
こうした背景のもと、本研究では動悸を主訴に受診した更年期女性を対象として、24時間ホルター心電図を用いて心拍数変化・不整脈の有無・ISTの頻度を解析した。また、ISTと診断した症例に対してβ遮断薬アテノロールによる治療介入を行い、その効果を客観的(心拍数指標)および主観的(自覚症状)に評価することを目的とした。
方法
本研究は、2018年11月から2024年2月までの期間に当院を受診し、「動悸」を主訴に含む更年期女性を対象とした後ろ向き観察研究である。更年期の定義は年齢および月経状況に基づき行い、心疾患や甲状腺疾患など明らかな基礎疾患を有する症例は除外した。
対象は13例の更年期女性で、平均年齢48.6±4.35歳(42〜56歳)であった。簡略更年期指数(Simplified Menopausal Index; SMI)の平均スコアは68.2±9.75と中等度の更年期障害レベルを示した。月経状態は、閉経後3例、月経不順6例、正常周期2例、子宮摘出後(ホルモン的には閉経状態)2例であった。甲状腺機能検査では、全例でTSH、FT3、FT4は正常範囲内であった。
ホルター心電図記録にはフクダ電子社製ホルタ記録器FM-960を用い、通常の日常生活下で24時間記録を行った。解析には同社専用の解析ソフトウェアを用い、以下の項目を評価した。
- 1日総心拍数(total heart beats; THB, 心拍数/24時間)
- 最大心拍数(bpm)
- 最小心拍数(bpm、主に睡眠中の最低値)
- 心房性期外収縮(APC)および心室性期外収縮(VPC)と頻度
- その他の不整脈の有無
患者には、装着期間中は通常生活を送りつつ、動悸を自覚した際の時刻と状況を日誌に記録するよう指示した。
診断基準として、「1日総心拍数が110,000拍を超え、かつ有症状の心房性および心室性期外収縮を含む不整脈が認められない症例」を、不適当洞性頻拍(IST)と定義した 2) 3) 4)。
ISTと診断された10例にβ遮断薬アテノロール12.5〜25mg/日を投与した。うち5例については治療開始から約6か月後に再度ホルター心電図を施行し、治療前後での心拍数指標を比較した。
結果
1. 初診時ホルター心電図所見
図1に13例全例の初診時ホルター心電図による1日総心拍数(THB)を示す。13例中10例でTHBは11万拍以上であり、基礎心疾患や甲状腺疾患を否定し得たことから、これらをISTと診断した。10例中2例には心室性期外収縮(それぞれ700拍/日、4000拍/日)を認めたが、いずれも無症状で、自覚的な動悸との関連性はなかった。
図1. 13例全例の初診時ホルターの一日総心拍数(THB)
残りの3例(図2)ではTHBは10万拍前後であり、正常範囲と判断した。このうち1例では575拍/日の期外収縮を認め、これが動悸の主因と考えられた。本例では期外収縮の一拍一拍を動悸として強く自覚し、不安が強かったため、抗不整脈薬ピルシカイニド150 mg/日で治療し、動悸は消失した。残る2例では期外収縮は散発的であり、危険性は低く、治療不要であることを説明したところ、経過とともに動悸は消失した。
図2. 正常THBを示した3例では動悸の原因は期外収縮であった
2. IST 症例の心拍数変化
図3に、不適当洞性頻拍と診断した症例(46歳女性)の1日心拍数トレンドを示す。横軸に時間、縦軸に心拍数を示し、1日総心拍数は12.9万拍、睡眠中の最小心拍数は75 bpm、最大心拍数は150 bpmと、一日を通じて高い心拍数が持続していた。
図3. 不適当洞性頻拍(IST)と診断した症例(46歳女性)の1日心拍数トレンド
図4には、THBが11万拍以上の10例における最小および最大心拍数を示す。睡眠中であっても最小心拍数は70〜80 bpmと高値であり、就寝中にも交感神経緊張状態が持続していることが示唆された。最大心拍数は110〜150 bpmであり、通常であれば速歩や軽い運動に相当する心拍数であるが、IST症例では日常労作レベルでこの程度まで心拍数が増加し、患者はこれを動悸として自覚していた。
図4. THBが11万泊以上の10例の最小および最大心拍数
治療効果
図5は、図3で示した46歳女性に対するアテノロール治療前後の心拍数トレンドである。上段が治療前、下段がアテノロール12.5 mg/日投与後である。総心拍数は12.9万拍/日から10.8万拍/日へ減少し、睡眠時の最小心拍数も75 bpmから50 bpmへ低下した。また労作時の心拍数は150 bpmから120 bpmに抑えられている。
図5. 先に図3で示した症例(46歳女性)のアテノロール治療前後の心拍数トレンド
ISTと診断した10例に対してアテノロール12.5〜25 mg/日の投与を行った。うち5例では治療約6ヶ月後にホルター心電図を再施行した。多くの症例でTHBは10万拍前後へと減少し、最大および最小心拍数も低下した(図6)。とくに睡眠中の最小心拍数は減少し、交感神経緊張低下が示唆された。動悸の自覚症状はいずれの症例でも消失し、日常生活上の不安は軽減した。ただし1例では、アテノロール25 mg/日投与時点でTHBが12万拍/日と十分な減少が得られなかったため、50 mg/日に増量した。
図6. アテノロール治療前後(5例)の心拍数の比較
アテノロール投与による有意な血圧低下は認めず、全例で忍容性は良好であった。日中の倦怠感や高度の徐脈など、投薬中止を要する副作用はみられなかった。
また、IST症例の多くで、更年期障害の他の症状改善のために、加味逍遙散または当帰芍薬散、あるいはHRTを併用した(図7)。これらの併用療法がISTの病態や自覚症状にどの程度寄与したかについては、今後の検討課題である。
図7. 不適当洞性頻拍と診断した10例の併用療法
考察
本研究では、動悸を訴えて受診した更年期女性に対し、ホルター心電図を用いて心拍数変化を詳細に解析することで、不適当洞性頻拍(IST)が動悸の主要な機序となっている可能性を明らかにした。従来、更年期の動悸は主として自律神経失調症の一症状として扱われることが多かったが、本検討の結果、器質的心疾患を伴わないにもかかわらず、電気生理学的に明確に定義される病態が存在し、かつ薬物療法が奏効し得ることが示された点では臨床的意義は大きい。
1)ISTと更年期症状の関連性
ISTは、「安静時あるいは軽度の身体活動において過剰な洞性頻脈を示し、それに伴う症状を呈する状態」と定義され、女性に多いことが知られている 2) 3) 4)。その背景には、洞結節自体の過敏性、自律神経バランスの破綻、ホルモン環境の変化などが複合的に関与するとされる 2) 3) 4) 5) 6) 7)。
更年期においては、エストロゲン低下により副交感神経活動が減弱し、交感神経優位となることが、心拍変動(heart rate variability; HRV)解析などから示されている 5) 6) 。本研究のIST症例において、睡眠中の最小心拍数が70〜80 bpmと高値であった点は、寝ている時にも交感神経緊張状態が持続していることを示唆している。
2)ストレスと交感神経緊張
更年期女性では、ホルモン変化に加え、家庭・職場・介護など多方面の心理社会的ストレスが重なりやすく、それ自体が自律神経系、とくに交感神経の持続的な活性化をもたらす 1) 5) 。図8には、ストレス負荷に対する生体反応との関係を模式的に示した9)。心身のストレスが閾値を超えると、視床下部—下垂体—副腎系や自律神経系が賦活され、アドレナリン分泌増加、交感神経緊張・亢進を招き、睡眠時および労作時の心拍数増加につながる。本検討で明らかになったIST症例の心拍数増加は、このようなストレス応答のうち「心拍数増加」が持続している状態と解釈できる。
図8. ストレスと生体反応
3)β遮断薬治療の意義と限界
ISTに対する治療として、非侵襲的で比較的安価なβ遮断薬は第一選択薬の一つとされる 2) 3) 4) 8)。アテノロールは血中半減期が約6〜7時間と比較的長く、1日1回投与で良好な心拍抑制効果を得やすい薬剤である8)。本研究では、低用量(12.5〜25mg/日)のアテノロール投与により、総心拍数・最大心拍数・最小心拍数のいずれも改善し、動悸症状は全例で消失した。これは、ISTにおける過剰な交感神経亢進に対して、β遮断薬が有効に作用し得ることを示している。
一方、β遮断薬は倦怠感、抑うつ、徐脈などの副作用を惹起し得るほか、喘息や重度の徐脈・低血圧を有する症例では慎重な投与が必要である8)。更年期女性が有する心理的訴え(意欲低下、不安、気分の落ち込み)との相互作用を考慮すると、投与量はできる限り少量から開始し、症状と自律神経指標の双方を確認しながら調整することが望ましい。
また本研究では、アテノロール治療と同時に漢方薬(加味逍遙散、当帰芍薬散)やHRTを併用している症例が多く、それらの治療がISTや動悸の経過にどの程度影響したかについては、今後前向き研究による検証が必要である6) 7)。
4)なぜISTは循環器内科で見逃されやすいのか
ISTは致死的不整脈ではなく、心エコーや安静時心電図で異常を認めないことから、循環器内科診療においては「異常なし」と判断されやすい。一方で、24時間心拍数動態に注目しなければ診断に至らないため、その概念は必ずしも日常診療に浸透しているとは言えない。本研究は、更年期診療の文脈からISTを捉え直すことで、循環器診療に対しても新たな視点を提供するものと考えられる。
おわりに
本研究により、更年期女性に訴えられる動悸の多くは、不適当洞性頻拍(IST)の病態が関与していることが示され、ホルター心電図による評価が診断に極めて有用であることが明らかとなった。
また、本研究は、更年期女性の動悸を「自律神経症状」として一括りにするのではなく、循環器学的に定義されたISTという病態として捉える重要性を示した。更年期診療と循環器診療を架橋する視点として、ホルター心電図による心拍数動態評価は今後さらに活用されるべきである。
ISTに対する低用量アテノロール治療は、心拍数の正常化と症状改善に寄与し、患者の心理的・身体的負担の軽減に有効と考えられた。
文献
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